「彼の後に、ピルアトン人ヒレルの子アブドンがイスラエルをさばいた。」士師記 12章13節 (2017新改訳)
さばきつかさゑ蓋が死んだ後、イブツァン、エロン、そしてアブドンが、主によって立てられてイスラエルをさばき、そして信で葬られます。
彼らについては、記されるのは「イスラエルをさばいた」ことと「死んで葬られた」ことです。
わずか数行なのです。
そこに意味があります。
エフタのように活躍しなかったのではありません。
記すべき内容がなかったのでもありません。
・彼らは、確かに主の立てたさばきつかさなのです。
・そして主から離れて悪を行うイスラエルをさばいたのです。
・そしてその使命を果たして、地上の生涯を終えたので、葬られたのです。
もう一つの意味、それはさばきつかさが立てられている期間だけ、イスラエルの人々は主に立ち帰りますが、さばきつかさが死ぬと、直ぐにまた主の恵みを忘れて、主を裏切るのです。
そのことが繰り返されることを、この短いさばきつかさの記述が語っています。
恵みを受け取り豊かな日々を過ごす期間も、困難や悲しみを経験する期間も、主を愛し信じて従うこと。
これが私たちに求められているのです。
それはハッキリしているはずなのです。
しかし私たちは、ここに記されるイスラエルの人々のように、同じ罪、過ちを繰り返すのです。
主は、諦めず、見捨てないでさばきつかさを立て、送ってくださるのです。
さばきつかさの活躍の短い期間の記述は、私たちが罪を直ぐに犯してしまう姿が現れているようです。
さばきつかさは、必ず去って行く時があります。
今、私たちには失われることのない聖書があります。それは凄い恵みと助けです。
そこに示された主の愛をいつも読み、自分のものにして、主から離れないようにしたい。
シャローム