「私があなたがたを知った日から、あなたがたは主に逆らい続けてきた。」申命記 9章24節 (2017新改訳)
知った日とは、モーセが主の召しに従いイスラエル人のリーダーとなった日のことです。
その時から、エジプトを出発し、あら野の旅を続けてきたすべての日において、旅の途上のあらゆるときにおいて。
彼らは、主の逆らい続けて来ました。
水がないと文句を言い。
モーセが山から降りてこないと、偶像の子牛を作って、それを拝みます。
約束の地に進むことを、恐れて逆らいました。
イスラエルのすべての民は、逆らい続けてきたのです。
主を信じて、主のことばに従い通すということがなかった。
そしてそれはこの先もそうなのです。
モーセは知っています。彼らは逆らい続けるのだと、知っています。
しかし主は、そんな民を見捨てません。
その時々においては、厳しいさばきをおこなわれます。
しかし、滅ぼし尽くし、見捨ててしまうことがありません。
主が、先にこの民を選び愛してくださったから。
ただそれ故に、見捨てないでくださり、恵みを与えてくださる。
民が、正しいから恵みを与え、約束の地に入れてくださるのではないと、5節でも示されています。
彼らが逆らい続ける民であると、6節でも示しています。うなじを固くすると示されています。
しかし、主はどこまでもあわれみ深く、忍耐強い、そして恵みを注いでくださる。
私たちは、主の愛に逆らい続ける者であり。
主は、私たちを愛し続けてくださる方。
主とは、そういうお方なのです。
私たちは、少なくともこのことを良く知っておかなければなりません。
そして、主のことばを聞くのです。
今日は、逆らう私ではなく、素直に聞き従う主のしもべとして歩めるように。
シャローム