「私はきっと、悪しき者とされるでしょう。なぜ私は、空しく労するのでしょうか。」ヨブ記 9章29節 (2017新改訳)
ヨブの嘆きの独白。
ヨブを責め始めた友人への訴え。
ヨブの苦しみは一向に慰められることがありません。
連続した苦しみが続いています。18節では「息もつかせず」と、その苦しみを訴えています。
ヨブは、自分の身の潔白を証明したいのですがそれができません。
その苦しみを21節では「私には自分が分からない」と、告白するのです。
そしてついに、ヨブは神に訴えるのです。
神に罪だと言われてしまったのならば、ヨブには、もう何をしても無駄なのです。
神が全能者であり、正しい方であると信じる信仰と、その神に自分の身の潔白を訴えても無駄なのだと言う苦痛と恐れ。
揺れ動くヨブの心が現れ始めているここ9章です。
神の前には人は誰一人として正しい者はいない。
身の潔白は誰も証明できません。
ヨブの苦悩は確かにその通りなのです。
ですからヨブは嘆き、ついには神に呟くのです。
幸いなことに私たちには、義なる神さまの前に罪人の私を弁護し、執り成してくださる仲保者なるイエス様がいます。
私がイエス様を救い主と信じる時に、ここ9章のヨブのような嘆きと苦悩を経験し、自分の罪と向き合っただろうかと、自分の心をもう一度見張る朝になりました。
そして今、私は空しく終わらない救いの道があることをイエス様に感謝します。
シャローム