「そこに一人の貧しいやもめが来て、レプタ銅貨二枚を投げ入れた。それは一コドラントに当たる。」 マルコの福音書 12章42節
12章の続きです。
貨幣の単位のレプタは、当時の成人男性の一日の賃金といわれる一デナリの、128分の1に当たります。貨幣の最小の単位です。
そしてそれはローマの貨幣の最小単位であるコドラントの2分の1に当たると紹介します。
とても少ない金額です。
しかしイエスさまは、続く43節では「だれよりも多くを投げ入れた」と評価してくれました。
さらに44節では「もっているすべてを、生きる手立てのすべてを投げ入れた」と評価してくれました。
「皆があり余る中から投げ入れた」のに対しての評価でもあります。
当時の神殿の献金は、係の人が見ている目の前で献金箱に投げ入れたのです。係の人に見えており、周りの人にも見えるのです。
お金持ちは、そこにたくさん投げ入れていました。
しかしイエス様が評価したのは、貧しいやもめのわずかな金額の献金でした。
献げる姿勢を評価してくださったのです。
わずかな金額、それも最小単位の貨幣を2枚です。
ほんのわずかでも一枚を残すのではなく、すべてを神に委ねた献身と確信のある姿勢をイエスさまは見て取られたのです。
自分から惜しむことなく、たくさんの金額を献げられたら良いと思うのです。
しかし金額の多い少ないではなく、神に信頼して委ねているかどうかが大切です。
当時の社会でやもめとして生きるのは大変だったはずです。
そして貧しかったのです。
それを恨んだり、他の人と比較したりして神に呟くような生き方ではなく。
神に信頼してすべてを委ねて、神に従う生き方は、貧しくても満たされた心とたましいを持った生き方だったはずです。
神がすべてを与えてくださることを知っているこのやもめなのです。
シャローム