「神である主はこう言われる。「私がイスラエルの家を、散らされていた諸国の民の中から集めるとき、わたしは国々の目の前で、わたしが聖であることを示す。彼らは、わたしがわたしのしもべヤコブに与えた土地に住む。」エゼキエル書 28章25節
25節は、主ご自身によって、イスラエルの家が回復されることを示します。
主は、不正を許さず、さばきをおこなうことを宣言されました。
18節、22節にはそれが示され、主がご自身が聖であるから高ぶり、不正をおこなうツロやシドンを放置せずさばくことを宣言されました。
主がシドンをもさばくことで、主が世界の神、主であることを示し、人々がそれを知ることになるのです。
しかし、聖である主はまた、どこまでもあわれみ深い方なので、イスラエルの家の人々を散らされていた諸国の中から集めてくださるのです。
集めるとは回復であり、再び主が祝福してくださることを示します。
同じ「聖であること示す」ということばが、さばきをおこなうときにも回復を与える時にも使われます。
神である主、世界のただ一人の真の神だけが、さばくことも、回復し赦すこともできる方なのです。
また「わたしのしもべヤコブに与えた土地に住む」とは、約束の地カナン、エルサレムへの帰還を許すことを示しています。
主が、アブラハム、ヤコブと結ばれた契約に従って、回復を与えていることと示すことばです。
このことばは、主だけが許し、与えることができることを示す大切なことばです。
完全な聖である神は、結ばれた契約を守られるのです。ただし、罪に対するさばきをそのままにはされません。
しかし見捨てないのです。
諸国は、イスラエルがさばかれ、許されることを目撃して、神である主を知るのです。
私たちも、この聖である神と恵みの契約を結んだ者です。あわれみはいつも主から届きます。
シャローム