「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。」 エペソ人への手紙 1章23節
エペソ人への手紙を読みます。
教会が、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておあられるところというのです。
それならば、私たちが教会に集い、教会に繋がり、教会に生きるならば、私たちは、エデンの園で生きていたアダム以上に満たされて、何も欠けることの無い生き方を今、しているということです。
エデンの園には、必要なもののすべてがそろっていました。
神様との約束の中で、それが与えられて、与えられ続けていました。
しかし、アダムは自ら罪を犯して、それを失いました。
今、私たちは、神様に召されて、信仰によって罪を赦されて、神様に満たされて生きるようになりました。
私たちの目には、時に地上での生活で不足を覚えたり、悩み悲しみを覚えることがあります。
けれども、信仰の目をもって見るならば、私が教会に生きるものならば、私は満たされており、満たされ続けていくものなのです。
何故なら、教会のかしらとして既にキリストが与えられているから。
御子が人となり、御子が死んで、よみがえられたという事実が、それを証明しています。
そして、聖霊が今も、証明し続けてくれています。
今、私に教会にともに集う神の家族である兄弟姉妹がいることが、私が満たされて生きていることの、確かな証しです。
見えない神様は、見えてともに集まっている兄弟姉妹に見ることができるのです。
教会に集えることは、すべてのものが満たされているということです。
シャローム
