「安らぎもなく、休みもなく、憩いもなく、心は乱れている。」ヨブ記 3章26節 (2017新改訳)

ヨブが嘆き悲しんで、自分の生れた日を、母の胎の中に命が与えられて日の最初から呪って口を開きました。
ここ最後の26節の終わりの言葉「心は乱れている」は「混乱が来ている」と訳せる言葉で記されています。
まさに今、ヨブの心に混乱が来ているのです。

資産だけでなく、子どもたちも全員が一瞬にして亡くなり、自分の身体は重い腫物で全身が病に掛かっています。
身体をかきむしっても治まりません。
更に苦しみが増すばかりです。

しかしすべてのことは主の御手の中にあることを信じているヨブです。
恵みもわざわいをも受け取っていくのが信仰だと告白するのです。
それでも、何故、このような苦しみが自分に振りかかるのかは分かりません。
信じていても分からないから苦しくなり、自分を自分で呪うしかないのです。

神を呪うことはできないと信じています。
ですから言葉も見つかりません。どうしたら良いのか行動も見つかりません。
もう、自分の存在がなくなってしまえばよいのにと呪うのです。

苦しみと悲しみの極地において、信仰者は何を口にするのだろう。
私ならば、神を呪わないで、受け止めることができるのだろうかと、自問します。

安らぎ、休み、憩いと、似た言葉を変えながら重ねて、ヨブは苦しみを吐露します。
これ以上の言葉は無いのだと思います。
そして次にどうしたら良いのか分からないのです。
心は乱れています。混乱が増してきていると、告白するしかないのです。
この告白は正しいと思いました。

しかし安らぎは、必ず主から来ると、信じて告白したいと祈ります。
シャローム