受難日です。イースターの日曜日まで、ヨハネの福音書を12章から読み進めて、イエス様の歩まれた十字架への道を辿ることにします。
「それから、イエスはすべてのことが完了したのを知ると、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。」ヨハネの福音書 19章28節 (2017新改訳)
受難日です。金曜日、この日イエス様は十字架に架かって死んでしまわれたのです。
2千年前に起きた事実です。そして、今日生きている私に直結した事実です。いえ、私のためにイエス様は十字架で死んでくださったという真実です。
人々が揃ってイエスを拒絶し、捨てた日です。
人々が、真実を愛するのではなく、自分の欲望を愛した日です。
それも積極的に悪を行った日です。
ピラトが、正しいことを行うのではなく、恐れと不安、欲望から間違っていると知っていて行動した日です。
イエス様を信じる人に、新しい神の家族が生れると示された日です。その始まりは悲しみを受け取る時から始まります。
イエス様を信じる人が、自分の弱さを突きつけられた日です。
イエス様が、私の、私たちのすべての罪を身代わりに背負って、死んでくださった日です。
私の罪を精算して聖め、永遠のいのちを与えるための贖いの業が完了したのが、十字架の上でした。
神を拒み、神を捨てて生きようとする時、そこには絶え切れない渇きがあることが示された日です。
その渇きは、この世の水では潤すことができません。
罪のない方の血を飲まなければ、この渇きは取り除くことができません。
しかし、その方法が示された日です。
愛する人が殺された最悪の日です。
しかし最高の日に変わる死です。
十字架を見上げ、そこにあるイエス様の死を見て、自分のためにこの方が死なれたと、信じることができた人は、新しい家族が与えられると、知りました。
神の家族に招き入れてくださって、ありがとうございます。
イエス様が死なれたことを知って流す涙は、自分の罪を知って流す涙に変えてください。さらにその涙がイエス様によって拭い去られることを感謝します。
イエス様が十字架の上で血を流して私を愛してくださったことを、真に知る者へと造り変えてください。
イエス様が十字架の死まで従われたように、イエス様に最後まで従う者へと、私を造り変えてください。
今日、受難日の悲しみを自分のこととして知る者になれますように、聖霊様が導いてください。
日曜日を期待して待ち望みます。
アーメン
受難日、」金曜日の歩みが祝福されますように。
シャローム