「もう、むなしい幻も、へつらいの占いも、ことごとくイスラエルの家からなくなるからだ。」エゼキエル書 12章24節

12章の前半は、エルサレムが陥落して人々は捕囚となっていくことをエゼキエルが象徴的な行動を取ることで人々に示します。
荷物をまとめて旅立つのは捕囚となること。そのとき壁に穴を開け、城壁が崩されることを示したりもするのです。
顔をおおうのは、捕囚となっていく時の悲しみ打ちひしがれて歩かされる時が来ることを示します。
このように主が語られるのに、人々はそれでも聞こうとしません。

それどころか、エルサレムの陥落はまだまだ起きることはないとか、捕囚となっても直ぐに解放されるのだと、偽の預言を語る者が現れるのです。
人々は、この偽物の預言者の偽物の預言を信じます。
彼らは自分に都合が良く、自分が聞きたいと願う予言を求めて、それを聞くのです。

本当の預言を聞き、悔い改めて、主の立ち返ることをしません。
しかし、それも終わります。
主はここではっきりと偽物の預言者と預言のことばは退けられていくことを示されるのです。
人の言葉が主のことばに代わることはできません。
そして主のことばは生きていて力があるのです。

今も、私たちの周りには主の真実のことばと私たちが自分に都合が良くて、耳に心地よいことばの両方があります。聞くべきことばを間違えたくないものです。
やがて偽物のことばは消え去ります。その時になって慌てることがないように。
しっかりと聞き分けて、素直に主のことばに従える毎日を歩みたい。

シャローム