「高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」ローマ人への手紙 8章39節
イエス・キリストという方は、私たちを罪の鎖から解き放して救ってくださる救い主である神です。
この方を、私の主、私の神と信じた人は、イエス様を礼拝をし、そのことばに従って生きるようになります。
礼拝をする。礼拝を献げると考える時に、私たちは自分の方からイエス様に近づき、礼拝を献げることで、この方との関係が生まれて行くと思いがちです。
しかし、イエス様が私を愛してくださった。イエス様が私を選び出して召してくださった。
その結果、私は信じる生き方へと変わった、移りました。
イエス様に愛されて、イエス様を礼拝する者になりました。
その私を、私たちをイエス様の愛から引き離すものは、この世界にはありません。
高いところにあるものとは、人の力を超えたものを意識しているのでしょう。
深いところにあるものとは、死を意識するのと、サタンの力も想像させます。
いずれにしても、自分の力ではどうすることもできない力、行動、思いといったすべてのものを言います。
どんなものでも、私をイエス様から引き離すことはできないのです。
最初から最後まで、イエス様がご自分のいのちを犠牲にしてまで愛してくださって、関係を結んでくださった私たちなのです。
主を信じる者、主を礼拝する者が、イエス様の愛から引き話されてしまうことはないのです。
日々の生活、人生の営みの中では、悩むこと傷つくこと、涙することもあります。
けれども、私たちはイエス様に愛されている者としての生き方があります。なにものにも破壊されることも、奪われることもない、イエス様と一緒に歩む生き方が、私の力強い人生であり、愛されている者としての生き方なのです。
シャローム