「しかし、だれかが神を愛するなら、その人は神に知られています。」 コリント人への手紙 第一 8章3節
一つ前の節には「知っていると思うなら」と、問いかけて、すぐに知らないのですと、示します。
私が、何かを知っていると誇ったりするよりも、私は、神様を愛しているということを喜び、証しできるならば、そちらの方が比べるまでもなく良いことなのです。
良いこと以前に、喜べることなのです。
私が、神を愛していると告白できるならば、それは私が神様に愛されている存在であることを知ったということです。
世界中のすごい知識を知っていることよりも、神に愛されてる私であることを知っていることの方が、素晴らしいのです。
喜べることなのです。
いえいえ。喜ぶのです。
「私は神を愛しています」
そう言い切りたい。
私は神様を信じていますと、告白する以上に心から告白したい。
そして、その私を神様は知っていてくださる。
ですから変わらずに告白します。
「私は神を愛しています」
シャローム
