「彼女たちは恐ろしくはあったが大いに喜んで、急いで墓から立ち去り、弟子たちに知らせようと走って行った。」マタイの福音書 28章8節

知らせようと走って行ったと、いう行動にマリアたちの喜びの大きさが現われています。
墓の前に居ても意味がなくなりました。イエス様はよみがえられて、すでにガリラヤへ向かわれたと聞きました。墓の前で十字架の前のイエス様を偲ぶ必要などないのです。
またお会いできるのです。喜びを知らせて分かち合うのです。

ここには、恐ろしくはあったとあります。
墓から大切なイエス様の身体が無くなった、初めて御使いと出会った、それも稲妻のよいうに白く輝く姿をしています。
身体が無くなっていることを知った途端、そして御使いに出会った瞬間に、彼女らは恐れました。
恐れます。不安もあるはずです。
しかし、その恐れ以上に、喜びが大いに湧き上がるのです。

それはイエス様からの励ましのことばが与えられたから。
そして不安や恐れよりも期待があるからです。

私たちには神様のご計画や導きが分からなくて、恐れたり不安になることがあります。
けれどもイエス様を信じる人には、恐れの中でも喜びが生まれてくるのです。
私は弱いので恐れがあります。それを認めてイエス様のことばに従う時に、喜びが生まれ、期待が不安を上回り、恐れも喜びに変わっていくのです。

そうしたら、恐れている場所から立ち去って、この喜びを誰かと分かち合いましょう。
分かち合うほどに喜びは大いに増します。

シャローム