「イスラエル人はこのとき屈服させられ、ユダ人は勝利を得た。彼らがその父祖の神、主により頼んだからである。」歴代誌 第2 13章18節 (2017新改訳)
南ユダの王となったアビヤは、北イスラエルの王レハブアムに対抗して、戦いを挑みました。
アビヤが訴えるのは、主がダビデの子孫に王国を与えたのに、レハブアムがそれに背き、敵対して北イスラエル王国を建国したということ。
そして何よりも、主を捨て(10節)アロンの子らではない者たちを勝手に祭司に任命して、自分のために仕えさせた。
さらに、金の子牛の像を作り、それをあがめたというものです。
そして、アビヤと南ユダの人々は、この時、主により頼んだので、主は、北イスラエルを打たれたのです。
主は、ヤロブアムがレハブアムに敵対した時には、レハブアムに戦うなと、命じました。そしてレハブアムは主のことばに従いました。
しかしその後も、ヤロブアムは、主を捨てて、勝手に神々の像を置き、主に背き続けたのです。
主は時に、待てと言われて、戦いを止められます。
しかし時には、主により頼む者の祈りに答えて、戦いを勝利へと導かれます。
どちらの場合もあるのです。
レハブアムは、最初に主に祈ることをしないまま、父ソロモン王の後を継ぎ、好き勝手に治世を始めました。
主が、敵対する者として立てた、ヤロブアムに立ち向かうことは許されなかったのです。
レハブアムも、いつの間にか主から離れ、ヤロブアムは主を捨て去ったまま時が過ぎました。
そこに主に立ち帰ったアビヤが立ち上がったのです。
アビヤの信仰もダビデのようであったかは不明です。しかし、アビヤが主により頼んだのは確かです。
しかしヤロブアムは、主を捨て去ったままです。
その違いが大きな差を生みました。
主は、主により頼む人を見捨てないのです。
しかし主を捨て去って、立ち帰ることをしない人には、さばきの時を備えておられるのです。
さばきを恐れるのではなく、主により頼んで歩む毎日を私のものとしたい。
シャローム