「神は、私たちが行った義の業によってではなく、ご自分のあわれみによって、聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。」テトスへの手紙 3章5節 (2017新改訳)
 

聖書66巻から1つの書を選び、その書を紹介しながら「みことば」を味わっていきます。
66巻をゆっくり読み進めながら、聖書に記された神様の愛について味わっていきます。

 今日開いたのは、テトスへの手紙です。
 
 著者はもちろんパウロです。テモテのへの手紙の第1と第2の間に二コポリにおいて書かれたと考えられます。
 その後、再び捕らえられたパウロは、その後、殉教したのだと考えます。
 テトスはギリシア人であり、パウロによって回心してキリスト者となりました。
 その後、パウロはテトスをクレテに残して旅を続けました。テトスはクレテで牧会者として奉仕したのです。
 テモテとテトスは、パウロの片腕として働いた人です。
 
 パウロはテトスにも、様々人への接し方を教えたりしていますので、この手紙はテモテへの手紙の第1に似た部分があります。
 新しく生れた各地の教会には、似たような課題があって、若い伝道者、牧会者が苦労したのだと想像が尽きます。
 
 この手紙の特徴は、選びました3章5節に良く現れていると思います。
 
 「再生と刷新」。
 別の翻訳では「新生と更新」と翻訳するものもあります。
 私たちの善行や修業などによって、救いを得るものではなく、罪は赦されるのではないことを明確に示します。
 御子イエス・キリストのあわれみがあって、赦しが与えられます。
 聖霊が、私たちに働いてくださるので、罪人であり神を否定し拒んでいた私が、信じることができたのです。
 聖霊によって、罪人の私は造り変えられて、真の神を神として、信じることができたのです。
 
 そして今もまだ、私たちは日々、聖霊に導かれて刷新され続けていく者なのです。
 自分だけの努力や学ぶことだけではなく、聖霊の助け、刷新があるからこそ、私はイエス様に近づくことができ、少しづつでもイエス様に似た者へと変えられていくのです。
 
 聖霊による再生と刷新が、私の日々に必要なのです。
シャローム