「私はユーフラテス川に行って掘り、隠した場所から帯を取り出した。すると見よ。その帯はぼろぼろになって、何の役にも立たなくなっていた、」エレミヤ書 13章7節
13章には、とても興味深い出来事が記されています。
ここで主は最初に「腰に着けている帯を隠せ」と、命じます。
当然、エレミヤは主のことばに従い、その通りにします。
次に、多くの日が経ってから、主は、その帯を取り出せと命じます。
エレミヤが、その通りにすると、帯はぼろぼろになっています。
これは「実地訓練」「実物教材」とでも呼ぶべき預言者への主からの課題です。
帯は、イスラエル、ユダヤの人々を指します。
帯は結んで使います。エレミヤが、実際に腰に着けている帯とは、主とイスラエル、ユダヤの関係を象徴的に示します。
帯で腰と言う大切な場所で結ばれていることを示します。
しかし、本物のエレミヤの帯がぼろぼろになってしまったように、もはや主とイスラエル、ユダヤとの関係も崩壊してしまっているのです。
何の役にも立たないとは、その関係が完全に崩れてしまったことを示すのです。
それは民が、偶像礼拝に走り、主を捨てて不道徳な生き方をしていることを示しています。
ぼろぼろに腐ってしまったのです。
帯が帯の役目を果たさず、イスラエルは、主に愛された民としての使命どころか生き方もできなくなっているのです。
厳しい言葉が、この実物教材にあります。
ぼろぼろになった自分の帯を手にしたエレミヤの苦悩、悲しみは計り知れません。
同時にそれは、主が忍耐し、悲しんでおられることを示します。
私の帯は、結ぶべき場所、あるべきところで、しっかりと結ばれているでしょうか。
ちゃんと、主に結びついているでしょうか。
私はちゃんと主のことばに結びついているでしょうか。
シャローム