「「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」と言った。」 使徒の働き 7章56節

ステパノは、イエス様こそが救い主であることを証しし、イスラエルの父祖アブラハムからの契約の民であることを語りました。
同時に、イスラエルの民は、神の律法を与えられていながら、それを守らなかった罪を指摘します。
罪を指摘されたユダヤ人は、怒りに満ちてステパノを殺そうとします。

人々が怒りに満ちてステパノを見ているとき、ステパノは怒りで人々を見ることなく、天を見つめたのです。
そこにイエス様を見るのです。
人の子(イエス様)が立っているのは、主に従い通したステパノを迎え入れていることを表しています。
ステパノが恐れることなく証していることが正しい生き方であることが分かります。

またこの時「天が開けて」とあります。
私たちが父なる神と交流することができるのは、神が、私たちに神の真理を明かしてくださるからなのです。
神が開いてくださらなければ、私たちから神を見出すことはできません。

このとき、父なる神と救い主であるイエス様がステパノを愛し、ステパノとの交流を望んでくださったのです。
それは神がステパノの生き方、証しを喜んでくださっているということです。

私たちも、主に喜ばれる生き方をしたい。そしてかの日には、はっきりと主を見たいのです。
こうしてみことばに聞きつつ歩むことで、それは実現します。

シャローム