「日が沈みかけたころ、深い眠りがアブラムを襲った。そして、見よ。大いなる暗闇の恐怖が彼を襲った。」創世記 15章12節 (2017新改訳)
「深い眠り」がアブラムにもたらされます。
このことばは、主がエデンの園でアダムに助けてとしてエバを与えてくださったときにもあった深い眠りです。
主が与える深い眠りには大きな意味があります。
アダムが目を覚ました時、彼の傍らには完全な形で助け手となる女性が与えられたのです。
アブラムの場合は、主が与えてくださる契約が、一段と明確になり、与えられました。
しかも主は、その時、切り裂かれたいけにえの間を通って、その契約が確実なものであることをアブラムに見せてくださったのです。
主は、どこまでも人に寄り添ってくださり、人が段階を踏んで理解して行けるように配慮してくださる。
ですから私たちは、主からの語りかけに対して、信仰を持って受け取るのです。
ここからアブラムの新しい生き方が始まるのです。
彼だけではなく、彼の子孫、400年先、そのさらに先まで受け継がれる祝福です。
困難も経験しますが、恵みとして与えられた契約は、素晴らしい恵みを与え、決してなくなりません。
大いなる暗闇がアブラムを襲いましたが、暗闇をただ恐れる必要はないと言えます。
何故なら、暗闇の前に、主の恵みがあるから。
主の導きと希望は、暗闇の中でも輝き、失われないからです。
私たちは、主が素晴らしいことを私与えて始めてくださる時、あまりにも大きく遠大な計画なので、驚くのですが心配しないで委ねたい。
眠りから覚めた時には、新しいことが始まっているのです。
期待して朝の一歩を進めたい。
夕があり、朝があるのです。
シャローム