「たゆみなく祈りなさい。感謝をもって祈りつつ、目を覚ましていなさい。」コロサイ人への手紙 4章2節
手紙の最後の挨拶の4章です。
牢獄に繋がれている状況の中でパウロが感謝を持って記しています。
感謝をして、教会の皆に恵みがあるようにと祈りながら記しています。
これは凄いことです。
最後の差語に「私が牢につながれていることを覚えていてください」と記しますが、それ以外は教会の皆のことと、イエス様の福音が恵みを持って伝えられていくことを願って記しています。
牢にあっても、パウロはたゆみなく祈っています。
感謝が失われていません。
目を覚ましていて、今、何が必要であるのか、誰のために祈るべきかが分かっているのです。
ですから、祈って欲しい人たちのことを名前をあげて伝えます。
ティキコ、オネシモ(彼は逃亡奴隷でした)、アリスタルコ(彼は一緒に投獄されています)、マルコ(一度は役に立たない人だと断じましたが、今は、信頼しています)、ユスト、エパフラス、ルカ(医者で福音書の著者の)、デマスです。
切りがありません。
きっと書き始めたら止まらなかったのです。
それは祈っていたということです。
コロサイの教会の友人、兄弟姉妹に祈りを依頼するパウロは、その人たちのために、また、コロサイの教会のために誰よりも祈っているのです。
たゆみなく祈るとき、感謝はなくならないし、目は常に次の祈りを見据えるのです。
祈るとき、私も祈られているのだと実感するのです。そしてそれは確かです。
シャローム