「大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前で平らにされる。彼がかしら石を運び出せば、「恵みあれ。これに恵みあれ」と叫び声があがる」」ゼカリヤ書 4章7節

ゼカリヤに示された第五の幻が示されています。
ゼルバベルとは、神殿再建の工事責任者である総督のことです。
彼と大祭司ヨシュアが工事の責任者ですが、二人は主が立てた器なのです。
主が特別に油を注いで、再建工事を導くように使命を与え、力を与えたのです。

そのことをここ7節では「大いなる山よ、おまえは平らにされる」と語られます。
大いなる山とは、工事に対する数々の困難を指します。
普通ならば、工事の完成は不可能と思えるほどの困難が目の前に立ちふさがっているのが現状です。
しかし、主は言われます。「何者か」と。
何者かとは、主の前には何の力もない何者でもない、障害ではないという意味を強調しているのです。

ゼルバベルの指揮の下に民が工事を始めれば、そこには主の恵みが注がれ、賛美の声が響くのです。
私たちの目の前にある困難は主の目には、既に解決しておりそこには恵みだけがあるのです。
私たちが大きな山を見るのではなく、主を見上げて信頼し、期待する時にそれが実現してあなたのものになります。

主の日です。恵みを受け取っていきましょう。

シャローム