「ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主に祈った.」イザヤ書 38章2節
ヒゼキヤ王が重い病気になった時の様子です。
預言者イザヤが訪問し、ヒゼキヤが、もう治らないことを告げます。
その時、ヒゼキヤは祈ります。
2節は、何のことはないヒゼキヤの様子を記していますが、そこから教えられることがあります.
王が、重い病気なのです。
そこに預言者が訪問しています。王が休む床の周りには側近、世話をする人たちが何人もいたことでしょう。
ヒゼキヤは、一人で祈るために壁の方を向いたのです。
もう一つは、ヒゼキヤが、壁を向いたのは、涙を側近に見せないためでしょう。
3節では、大声で泣いてしまいますが、最初は、泣く顔を側近に見せず、部屋の中で一人祈るために壁の方を向いたのです.
どんな時でも、主と1対1で向き合い祈ることを求めたヒゼキヤの姿があります。
私たちは、どんな時でも、どんな状況でも、主と向き合い祈ることを求めるのです。
そして祈ります。
余分な言葉はいりません.最初は「主よ、どうか思い出してください」のひと言です。
主に覚えておいていただけるのならば、どんな状況でも、最後の一瞬であっても、それは慰めなのです。
この時のヒゼキヤは、祈るうちに大声で泣いてしまいますが、それもまた、ヒゼキヤの祈りが真実であったことを示します。
主に向って祈る.
一人で、主と向き合って祈る。
その時、涙することになっても、必ず主によってその涙は拭い去っていただけるのです。
壁に向い一人で祈る時、慰めは始っています。
シャローム