「わたしに聞け、ヤコブよ。 わたしが呼び出したイスラエルよ。 わたしがそれだ。 わたしがはじめであり、また、終わりである。」イザヤ書 48章12節
「わたしがそれだ」とは、わたしは変わらない。わたしは同じである。そういう意味です。
ただ一人の神、存在する神。
神、主がご自身でご自分の存在を明らかにされています。
私に語りかけてくださる神です。
ここでは、さばきも回復も、主ご自身がご計画されたとおりにおこなわれると、宣言をされます。
さばかれるのヤコブです。
ヤコブをイスラエルと言い換えています。
それは、生まれたままのヤコブを、主が選び出したことを強調するための表現でしょう。
イスラエルはただの集団ではなく、神が愛して選び出された存在なのです。
ヤコブが何者か素晴らしい存在であるからではなく、神が愛して選ばれたから、恵み、祝福を与えました。
しかし、そのヤコブは、主を裏切り、主の愛に背を向け、罪を重ねました。
それでも主は怒りを遅らせ、忍耐してヤコブを導かれます。
回復と祝福を奥に秘められて待っていてくださる。
私たちは、変わることのない主に呼び出された者として、主のことばにいつも真っ直ぐに素直に耳を傾ける者でいたい。
変わらない主、変えることのない主の愛が在って、私がいること、そこに幸いがあることを覚えておきたい。
シャローム