「「見てくれ。私は死にそうだ。長子の権利など、私にとって何になろう」と言った。」 創世記25章32節
イサクに生まれた双子の内、兄のエサウが野での狩に疲れて戻った時を見計らい弟のヤコブは、温かな煮物を用意して、兄を策略にかけます。
エサウは空腹から、一杯の煮物と長子の権利を交換するのです。
長子の権利は、主がアブラハムに約束をされたものを引き継ぐ権利です、
主との約束そのものです。
エサウは権利を売り渡す口約束など軽く考えたのかも知れません。意味がないと思ったのかも知れません。
しかし、目に見ることができない主が、ことばをかけ約束を与えてくださったのです。
そのことばその約束を、大切にすべきでした。
この一瞬で、この煮物一杯で、エサウは長子の権利を失いました。
一番問題なのは、エサウの口から「長子の権利など、私にとって何になろう」との言葉が出たことです。
大切な主の約束を自分の口でおとしめて、価値を失わせたのです。
目に見えないものにこそ価値があります。
手に入れようと期待し待たなければなりません。
私に与えられた主イエスとの約束を大切にし期待して今日も歩みたい。
シャローム