「この男がユダヤ人たちに捕らえられ、まさに殺されようとしていたときに、私は兵士たちを率いて行って彼を救い出しました。ローマ市民であることが分かったからです。」 使徒の働き 23章27節
パウロを殺してしまおうと悪巧みをする人たちがいます。
12節には、彼らが、パウロを殺すまでは食べたり飲んだりしないと、呪いをかけて誓っています。
自分たちに都合の悪いことを教えるパウロを排除したい、殺してしまいたいと、呪うほどに憎む。
彼らは、徒党を組んで誓うのです。
そしてローマの兵士も欺こうとします。
しかし、パウロの姉妹の子がそれを耳にしたので、その子はローマの千人隊長に、パウロが殺されないように、悪巧みを伝えるのです。
これだけならば、悪い企みが露見したという程度でしょう。
しかし、主は、パウロがローマで語り、主を証しするのだと言われました。
それが実現するのです。
千人隊長は、ここで総督に、自分がローマ市民であるパウロを助け出して、総督の元へ送ったと言います。
そんなことはありません。
10節では、この千人隊長は、パウロが殺されそうなのを見て、自分の担当する地で、問題が起きては、自分が困ると考えて、パウロを騒ぎの中から引き出したでけです。
そしてこの子の言葉を聞いて、都合の良い策を考えついたのです。
まるで初めから、自分がローマ市民をユダヤ人の陰謀から助け出したように報告しているのです。
この千人隊長の自分を良く見せたい、良く思われたいと言う心と行動をも、主は用いて、パウロの命を守り、この後、ローマへと送り出すのです。
呪って誓ったとしても、断食して計画しても、主の前にはそのようなものは何の意味もなく、力もありません。
そのような企みは、主が打ち砕き、破ってくださす。
むしろ主は、決してパウロに対する善意や好意からではない千人隊長の行動さえも用いて、パウロを守り、主が示されたローマへの旅を始められるのです。
私たちは何かに誓ったり、呪うほどの心で何かを計画することなどしなくてよいのです。
いえ、してはならない。
私たちは、いつでも主のことばを聞いて、主にだけ信頼しまた、期待して物事を進めるのです。
主が、主に信頼する人を導いてくださる。
どんなに困難な状況でも、不利なことがあっても、主がそれを打ち破り、最善へと導いてくださるのです。
私たちは、今日も主に大いに期待して歩みましょう。
シャローム
