「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」マタイの福音書 5章44節

神様を知り、神様を信じ、神様に従い、神様とともに生きる中心と日常の実践について教えてくれる5章です。
群衆、私たちを愛して見ていてくださるイエス様が、最初に口を開いて語ってくれます。
「幸いである」
この一言です。5章3節から、イエス様は「幸いである」と、私に宣言してくださる。
その内容は私たちがそれまで思っていてこととはずいぶん違うものです。
しかし、イエス様の目を注がれ、イエス様を知った時点で私は幸いなのだと教えられます。

そして、実践においては、これまで律法学者や指導者たちに教えられてきたこととはまったく違いました。
その上、その実践は、とても弱く小さな存在の私には実現すること、継続することができそうもないことばかりです。
その最後に「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と、言われます。
私にはできそうもないと、答えたくなるのです。

しかし、イエス様の声を良く聞かなければならないと今朝、思います。
「幸いである」と、イエス様に声を掛けられた私なのです。
イエス様の声を聞くことが最初にあり。
「祈り続けなさい」と、最後に教えられます。
イエス様の声を聞き、イエス様のお名前で祈り続けるなら。
私は、何がどうしても幸いであり、私は幸いであり続けるのです。
何故なら、イエス様の愛の目が注がれ続けているからです。
今朝も変わることなく。

シャローム