「見よ、わたしは手のひらにあなたを刻んだ。 あなたの城壁は、いつもわたしの前にある。」イザヤ書 48章16節

イザヤは4節で、これまでどんなに自分が語っても民は聞き入れず、イザヤは自分の働きは無駄になったと嘆いています。
それでもイザヤの使命は主からのものであり、イザヤは、その報いは主から来ると信じています。

主は、イスラエルがさばきに会い苦しみを経験することを示します。
しかし、主は、イスラエルを見捨てることなく、再び救い出してくださることを語ってくださいます。

そのとき主は、イスラエルを愛するただ一人の相手のように接して守ってくださるのです。
「手のひらにあなたを刻んだ」とは、愛する人の名前を手のひらに刻む、当時の人々の習慣を示します。
それは、その名を忘れないようにいつも目にし、そして、握りしめて守り離さないことを示す行為です。
主は、主に背を向けて罪を重ねたイスラエルを、再び、このように愛する者として扱ってくださるのです。
どこまでもあわれみ深い主です。

そして「あなたの城壁」とは、町を示し、全体を表します。
主は、完全な守りを与えて、再び祝福して、導いてくださると、語ってくださるのです。
イザヤが嘆くほどの罪の中でも、主は、その先の赦しと祝福をご計画してくださる方なのです。

私たちは今、自分の名前が主の手のひらに刻まれて、愛され守られていることを心に刻み、生活の中にも刻んでいきましょう。
主に愛され守られている者として、今日の歩みを進めたい。
シャローム