「あなたがたは五十年目を聖別し、国中のすsべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰る。」レビ記 25章10節 (2017新改訳)

水曜日です。聖書66巻から1つの書を選び、その書を紹介しながら「みことば」を味わっていきます。
66巻をゆっくり読み進めながら、聖書に記された神様の愛について味わっていきます。
今日開いたのは、レビ記です。

旧約聖書の時代にイスラエル人が神様にささげるいけにえの制度や祭り等について、細かく規定されて教えられる書です。
ヤコブの息子であるレビの子孫は、イスラエルの祭司部族です。
幕屋での奉仕や、幕屋の維持管理などをしていました。
そのため、律法のことを記し、特にいけにえの規定などを定める本書は「レビ記」と呼ばれるようになりました。
しかしその祭司職を指し示す「レビ人」という記述は、本書の内、25章の32,33節にだけ登場するのです。
七十人訳聖書(旧約聖書のギリシャ語聖書)が、レビ記と呼んでから、その後はそう呼ばれるようになりました。

今朝選んだのは、そのレビ人と言う記述が唯一登場する25章からです。
ここは奴隷や土地の解放について命じます。
七年目は土地を休ませなければなりません。
しかし主が恵みを与えてくださると約束しているので、イスラエル人は飢えることはありません。
そして借金のために奴隷となった者たちや売られた相続地は、解放されるときが来ます。
七年を七倍した四十九年間を過ぎとき、すなわち、五十年目は「ヨベルの年」と呼んで、完全な解放が命じられる年なのです。
主なる神様の命令です。
これを守らない人は、主の恵みと祝福から漏れます。

ヨベルの年は、主なる神様から私たちに与えられる一方的な恵みを覚えることができる日です。
赦し解放することを惜しむなら、主の恵みを否定し、自分から裁きと滅びを招くことになります。
惜しいのではなく、解放し、赦すことは喜びを共有することです。
何故なら、私たちの所有物はみんな主から与えられた恵みだからです。
ヨベルの年には、それおぞれの地に帰るのです。
私たちも今、一方的なイエス様からの恵みを受け取って、神の子どもとなって帰っていくことができるのです。
だから、隣人にも惜しむようなことをしてはいけないのです。

ヨベルの年。この言葉は私たちが主の恵みと赦しを覚えるために、大切な鍵となる言葉です。
シャローム